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静岡地方裁判所沼津支部 昭和32年(わ)182号 判決 1961年1月24日

被告人 齊藤新二

大一〇・四・一五生 県評事務局長

主文

被告人を公文書毀棄罪により懲役四月に処する。

ただし、この裁判確定後二年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

一、犯罪事実

被告人は、昭和二六年七月以降同三二年七月末頃まで日本国有鉄道(以下国鉄と略称する)労働組合静岡地方本部沼津支部長であつたが、同三二年七月二日午前九時過頃沼津市国鉄沼津駅々長室において同駅々長小関辰利から同年五月一一日、一二日の両日にわたり職場大会に参加して職務を離脱した前記支部に属する組合員たる同駅職員に対し処分通告書を交付するから労働組合の方で妨害するようなことがないようにと申入を受けたが、同年七月二日午後零時五分頃同駅貨物事務室において同駅貨物掛主任市川嘉雄の机上においてあつた同人の保管にかかる同駅貨物掛井出義信外別表記載の五〇名に対する各別の「昭和三二年五月一一日又は同月一二日勤務時間中みだりに職場を離れ服務規律を紊し正常な業務の運営を阻害したことは職員としてまことに遺憾である。よつて日本国有鉄道法三一条により厳重処分をすべきであるが、特に今回に限り厳重注意する。もし再びこのような行為のあつた場合は、厳重処分することを申し添える。」旨記載した静岡鉄道管理局長作成名義の昭和三二年七月二日付厳重注意と題する書面五一通を見て前記市川嘉雄に対し「これを皆に分けるのか。」と確め、これを取り上げて見ているうちに、右処分が不当であると立腹の余、「こんなものを貰つてくるから悪いのだ」といい、やにわに、右書面五一通を両手で引き裂き、もつて公務所である静岡鉄道管理局の用に供する文書五一通を毀棄したものである。

二、証拠の標目(略)

三、法令の適用

被告人の判示所為は各刑法二五八条にあたるが、右は一個の行為で数個の罪名に触れる場合にあたるから同五四条一項前段一〇条により最も重い判示井出義信に対する文書の罪の刑に従い、その所定刑期範囲内において被告人を懲役四月に処し、刑の執行猶予につき刑法二五条一項一号を、訴訟費用の負担につき刑訴法一八一条一項本文をそれぞれ適用する。

四、弁護人らの主張に対する判断

弁護人らの主張の要旨はつぎのとおりである。

第一点 (略)

第二点 日本国有鉄道法三四条は「日本国有鉄道の役員及び職員は、それらの者に刑法その他の罰則が適用される場合には、これを公務員とみなす。」という趣旨に解すべきである。同条は国家公務員の身分犯である収賄罪、職権乱用罪を身分のない国鉄職員に対しても適用するために設けられたものである。その目的とするところは、職務の清廉性を担保することにあり、それ以外に、第三者に対する罰則の適用について刑法の構成要件を一般的に拡大する趣旨と解することはできない。又国鉄は高度の公共的性格を帯び、政府からの監督を受けるけれども、その本質は私鉄企業と同じくコマーシヤルベースの上に立つて経済的活動を営んでいる企業体である。かようにして、刑法の体係的解釈の上からも、又国鉄業務の実体の上からいつても、国鉄の業務を公務、国鉄を公務所であると解する説は否定されるべきである。従つて、本件厳重注意書は「公務所の用に供する文書」には当らないから、犯罪は法律上成立しない。

そこで証拠を検討した上、つぎのとおり判断する。

第一点について。(略)

第二点について。

国鉄の法律的性格を考えて見ると、国鉄は、昭和二四年六月一日以降、従来国が純然たる国の行政機関により国有鉄道事業特別会計をもつて経営してきた鉄道事業その他一切の事業を能率的な運営によりこれを発展せしめ、もつて公共の福祉を増進することを目的として(日本国有鉄道法一条)設立せられた公法上の法人(同法二条)で、いわゆる公共企業体である。一般の行政機関とは異なり、国に対し自主性を有する点もあるが、その資本金は全額政府の出資にかかり(同法五条)、きわめて高度の公共性を有しているため、国のかなり広汎な統制権の下におかれている。すなわち、国鉄は運輸大臣の監督下におかれ(同法五二条)、その業務の管理及び運営は理事会の決定するところにより(同法九条)、理事会は総裁及び副総裁並びに理事をもつて組織し(同法一〇条)、総裁は内閣が任命し、副総裁及び理事は運輸大臣の認可を受けて総裁が任命し(同法一九条)、その業務は運輸大臣の任命する監査委員会の監査に服し(同法一四条、一九条三項)、その予算は運輸大臣及び大蔵大臣の検討及び調整を経て国の予算と共に国会に提出され、国の予算の議決の例により国会において議決され(同法三九条の二以下)、会計は会計検査院が検査する(同法五〇条)こととなつている。又国鉄の職員も、日本国有鉄道法の施行と共に、運輸省職員として国家に対し特別権力関係に立つていた従来の地位をある程度脱却し、国鉄と私法関係に立つ点があるとはいえ、その身分関係は一般の営利会社の職員と全く同様のものとなつたのではなく、職員は、その職務の遂行については誠実に法令、業務規程に従い、全力をあげて職務の遂行に専念しなければならない(同法三二条)旨国家公務員と同様な規定がおかれ、一定の事由があるときはその意に反して降職、免職、休職にされ、(同二九条、三〇条)、一定の事由があるときは懲戒処分を受ける(同法三一条)等公務員的性格を保有している。さらに、公共企業体等労働関係法一七条によれば、国鉄職員は一切の争議行為は禁止されている。

日本国有鉄道法三四条一項は、右のような国鉄業務の公共的性格、国鉄成立の沿革、業務運営に対する国家意思の支配力の強さ、国鉄とその職員との間の特別権力関係地位等に照らし、その役員及び職員は、法令により公務に従事する者とみなす旨の規定をおいたものと解するのが相当である。従つて、国鉄の役員及び職員は刑法上公務員であり、その業務は公務であり(右に述べた理由から、法令上国鉄の事業ないし業務が公務とされ、その職員が政府職員に準ずる取扱を受けるものとされているが、その事業ないし業務遂行の実態は、まさに弁護人の主張するとおり私鉄のそれと同様である。従つて、国鉄職員の行う当該公務の執行に対する妨害は、その妨害の手段方法の如何によつては、公務執行妨害罪のほか、業務妨害罪もまた成立するものと解する。最高裁判所昭和三一年(あ)第三〇一五号第二小法廷昭和三五年一一月一八日判決参照)、その職務を行う所は公務所といわなければならない。そこで、本件厳重注意書は公務員たる静岡鉄道管理局長の職務を行う所である公務所たる静岡鉄道管理局の用に供する文書であることが明らかであるから、弁護人らのこの点についての主張も採用することはできない。」

(裁判官 中島卓児)

(別表略)

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